企業はなぜ派遣を使うのか?経済合理性とその裏側


「派遣切り」という言葉が社会問題として注目を集めて久しい。

しかし、その一方で派遣労働者数は増加の一途をたどっている。

令和4年度の派遣労働者数は約215万人に達し、対前年度比2.6%の増加を記録した。

なぜ企業は派遣という働き方を選び続けるのか。

そこには確かに経済的な合理性が存在する。

だが、その合理性の裏側には、一人ひとりの人生を左右する現実がある。

私は人材派遣業界で20年以上働き、2009年に独立してからこの15年間、現場の声を聞き続けてきた。

企業の人事担当者から「コスト削減が急務で」という相談を受ける一方で、派遣社員からは「いつまでこの働き方を続ければいいのか」という不安の声も届く。

本記事では、企業が派遣を活用する経済的合理性を数字とともに検証しながら、その裏側にある人間のリアリティについても光を当てたい。

制度と現実のはざまで何が起きているのか。

統計データと現場取材を通じて、派遣という働き方の本質に迫る。

企業が派遣を選ぶ経済的合理性

コスト削減と柔軟性の追求

企業が派遣を選ぶ最大の理由は、やはりコスト面の優位性にある。

人材派遣の費用は固定費ではなく変動費に計上でき、直接雇用とは違って基本的に外注費となるため、財務上の固定費削減効果は大きい。

正社員を雇用する場合、給与だけでなく社会保険料や福利厚生費、退職金の積立、採用コスト、教育訓練費など、様々な付帯コストが発生する。

社員1人にかかるコストは非常に大きく、固定費を押し上げる要因となっているのが現実だ。

これに対して派遣社員の場合、派遣社員の分の労務はすべて派遣会社がやってくれるため、企業の管理業務負担も軽減される。

さらに、繁忙期と閑散期の業務量変動に対する柔軟性も重要な要素である。

正社員では対応しきれない急激な業務増加や、プロジェクトベースの一時的な人員需要に対して、派遣は有効な解決策となる。

固定費ではなく変動費としての人件費

会計上の処理において、この変動費化の意味は大きい。

人件費の一部を変動費化すると適材適所の人材配置がしやすく、人材の流出や不確実性リスクに強い組織づくりにつながるとされている。

固定費である正社員の人件費は、売上の増減に関わらず発生し続ける。

企業にとって損益分岐点を下げることは、経営の安定性に直結する重要な課題だ。

固定費を抑えることができればその分企業としての利益が獲得できることになるため、多くの企業が人件費の変動費化に注目している。

ただし、実態として派遣の利用が長期化すれば、変動費(流動費)であるはずの派遣料金は、実態として固定費になっているのも事実である。

それでも会計上の処理や財務指標の改善効果は確実に存在する。

専門スキルの一時的活用と即戦力需要

現代のビジネス環境では、ITスキルや専門的な知識を持つ人材への需要が高まっている。

しかし、これらの専門人材を正社員として採用し続けることは、中小企業にとって特に負担が大きい。

人材派遣会社は、登録スタッフに対してさまざまな研修を行っており、各企業の要望に沿った人材を派遣することができるため、即戦力としての活用が期待できる。

特に、短期間で成果を求められるプロジェクトや、特定の繁忙期に限定された業務については、派遣の活用メリットは大きい。

雇用リスクの回避とコンプライアンス対応

正社員の雇用には、終身雇用を前提とした長期的なコミットメントが伴う。

業績悪化時の人員調整や、ミスマッチが判明した場合の対応は、企業にとって大きなリスクとなる。

派遣の場合、契約期間の明確化により、こうした雇用リスクを軽減できる。

また、労働法令の複雑化に伴う人事労務管理の負担も、派遣会社に委ねることで軽減される。

急な欠員や休業者への対応も、素早くできる点も、企業にとって重要なメリットである。

数字で見る派遣活用の実態

派遣労働者の分布と業種別傾向(厚労省データから)

厚生労働省の最新データを見ると、派遣労働の拡大傾向は明確だ。

令和4年度の派遣労働者数は約215万人(対前年度比2.6%増)で、このうち無期雇用派遣労働者が828,638人(対前年度比6.8%増)、有期雇用派遣労働者が1,317,815人(対前年度比0.1%増)となっている。

注目すべきは、無期雇用派遣の伸び率の高さである。

これは企業が派遣を単なるコスト削減手段としてではなく、より戦略的な人材活用方法として位置づけ始めていることを示している。

業種別では、非正規雇用の割合が最も多い業種は、非正規雇用全体のうち66.6%を占めるサービス業で、次いで多いのが56.6%の生産工程・労務の仕事、保安の仕事の56.1%となっている。

派遣労働者のうち65.9%が事務的な仕事に従事しており、事務処理の外部化が進んでいることがわかる。

派遣の導入企業におけるコスト構造の変化

派遣料金(8時間換算)の平均は24,909円(対前年度比1.8%増)、派遣労働者の賃金(8時間換算)の平均は15,968円(対前年度比1.7%増)である。

この差額約9,000円が派遣会社の管理費用や利益となるが、企業にとっては管理業務の外部化コストとして妥当な水準と判断されている。

派遣費は原価が80%で粗利が20%程度のコスト構造となっており、派遣会社の利益率は決して高くない。

むしろ企業は、採用コストや教育コスト、労務管理コストの削減効果を重視している。

非正規雇用比率の推移と企業経営の相関

非正規雇用者数は2005年の1,634万人から2023年には2,124万人と約1.3倍に増加し、全雇用者の36.9%を占めるまで拡大している。

この中で派遣社員は43万人から149万人へ3倍以上増加しており、非正規雇用者全体の割合で見ても3.0%から7.1%にまで増えている。

正社員と派遣社員のコスト比較事例

実際の企業事例を見ると、正社員1人あたりの年間コストは給与の1.5倍から2倍になることが一般的だ。

年収400万円の正社員であれば、社会保険料、福利厚生費、教育費、管理費などを含めて600万円から800万円のコストが発生する。

一方、同等のスキルを持つ派遣社員の場合、時給2,000円×8時間×220日=年間352万円程度で済む場合がある。

ただし、これは単純比較であり、継続性やスキル蓄積の観点では正社員に軍配が上がることも多い。

現場の声に見る「合理性」の裏側

派遣社員のキャリア形成における課題と希望

昨年、私は都内の大手IT企業で働く派遣社員の田中さん(仮名、35歳女性)にインタビューを行った。

彼女は7年間同じ企業で働き続けているが、正社員への転換は実現していない。

「スキルは正社員と変わらないし、責任も同じように負っている。でも、昇進の機会はないし、ボーナスも退職金もない。このまま年を重ねていくことに不安を感じます」

田中さんの言葉は、派遣という働き方の構造的な課題を浮き彫りにしている。

派遣労働者の入社から3年間は教育訓練の機会を毎年8時間以上提供することが義務づけられているものの、実際のキャリア形成支援は限定的だ。

教育訓練を受講した派遣労働者は入社1年目が198.4万人、入社2年目が32.7万人、3年目が20.6万人と、年数を重ねるごとに減少している現実もある。

「代替可能性」の論理にさらされる労働者の実感

企業の経済合理性の追求は、働く人々にとって「代替可能性」というプレッシャーとなって現れる。

「いつでも交代できる」という前提で設計された派遣システムは、個人のキャリアに深刻な影響を与える。

ある派遣会社の営業担当者は匿名を条件にこう語った。

「企業からは『もっと安い人はいないか』『すぐに辞めても代わりはいるでしょ』という要求が日常的にある。スタッフの技能や経験を正当に評価してもらうのは簡単ではない」

この構造は、派遣労働者の長期的なスキル向上や専門性の深化を阻害する要因となっている。

働き方としての選択か、制度による限定か

一方で、派遣という働き方を積極的に選択している人々もいる。

子育て中の女性や、複数の仕事を掛け持ちしたいフリーランス志向の人、定年後の再就職を希望する高齢者など、多様なニーズに応える働き方として機能している側面もある。

“自分の都合のよい時間に働きたいから”という理由で非正規雇用を選ぶ方は692万人(33.9%)と前年同期に比べ36万人増加している。

ただし、この「選択」が本当に自由意思に基づくものなのか、それとも他に選択肢がない状況での消極的選択なのかは、慎重に見極める必要がある。

現場取材:ある派遣社員の語る10年

横浜市在住の山田さん(仮名、42歳男性)は、製造業で10年間派遣社員として働いている。

リーマンショック後に正社員の職を失い、派遣として働き始めた。

「最初は一時的なつもりだった。でも気がつくと10年経っている。技術は身についたし、職場の人間関係も良好。ただ、将来への不安は消えない」

山田さんの月収は手取りで25万円程度。

同年代の正社員と比べて決して低くはないが、賞与や退職金がないため、年収ベースでは大きな差がある。

「正社員になりたいか」という質問に対して、山田さんは複雑な表情を見せた。

「今の職場が好きだし、派遣でも責任を持って仕事をしている。でも、老後のことを考えると…」

この10年間で、山田さんは3回の契約更新を経験している。

そのたびに「次も更新されるだろうか」という不安を抱えてきた。

派遣制度と法規制の変遷と課題

労働者派遣法の歴史と主な改正ポイント

労働者派遣法は1986年に施行され、これまで何度も改正を繰り返してきた。

その変遷を振り返ると、社会情勢と企業ニーズに応じた規制緩和と規制強化の繰り返しであることがわかる。

  • 1. 1986年施行時:16職種に限定された専門業務のみ
  • 2. 1996年改正:対象職種を16職種から26職種に拡大
  • 3. 1999年改正:対象業務をポジティブリスト式からネガティブリスト式に変更
  • 4. 2015年改正:全ての派遣労働者の個人単位での派遣期間が3年間と定められ(「3年ルール」)、労働者派遣事業を許可制に一本化
  • 5. 2020年改正:同一労働同一賃金の実現を目的とした改正

この法改正の流れを見ると、最初は企業からの要請で規制緩和に進んだ派遣法でしたが、近年では労働者の権利を守るため、規制強化の改正が比較的多く行われていることがわかる。

制度が現場に与える影響とそのギャップ

2015年の「3年ルール」導入は、派遣労働の現場に大きな変化をもたらした。

3年ルールにより、今まで派遣期間に制限のなかった専門26業務に従事していた派遣労働者が一斉に雇止めになる可能性が生じ、「2018年問題」として社会問題化した。

この制度変更により、企業は派遣労働者の雇用安定措置を講じる義務を負うことになったが、実際には「3年で契約終了」という運用を選択する企業も少なくなかった。

一方、2020年の同一労働同一賃金については、派遣先均等・均衡方式と労使協定方式の2つの待遇決定方式が設けられたものの、複雑な制度設計により現場での運用には混乱も見られた。

政策としての派遣:活用か規制かのせめぎ合い

派遣制度をめぐる政策論議は、常に「活用促進」と「労働者保護」のバランスをどう取るかという課題に直面している。

企業の国際競争力維持のための労働市場の柔軟性確保と、働く人々の生活安定の両立は容易ではない。

厚生労働省の統計を見ると、派遣先件数は約80万件(対前年度比6.1%増)、年間売上高は8兆7,646億円(対前年度比6.4%増)と、派遣業界の規模は拡大を続けている。

この現実を踏まえると、派遣を完全に規制するのではなく、いかに健全な制度として発展させるかが重要な課題となる。

今後の展望と「あるべき派遣」のかたち

企業と働き手が対等に向き合う制度設計とは

現在の派遣制度の課題は、企業の経済合理性と働く人々の人生設計が必ずしも両立していない点にある。

この課題を解決するためには、以下のような取り組みが必要だろう:

  • 1. キャリア形成支援の充実:単発的な研修ではなく、長期的なキャリアパスを描ける支援体制
  • 2. 待遇格差の実質的解消:同一労働同一賃金の理念を現実のものとする仕組み
  • 3. 雇用の安定性向上:優秀な派遣労働者に対する正社員転換の促進

これらの実現には、企業、派遣会社、そして政策当局の連携が不可欠である。

社会的弱者を生まない雇用モデルの模索

派遣という働き方が「社会的弱者を生む制度」となってしまわないよう、セーフティネットの充実も重要だ。

特に、長期間派遣として働く人々への支援体制の構築は急務である。

例えば、派遣労働者専用の職業訓練プログラムや、キャリアコンサルティングの拡充、さらには派遣経験を正当に評価する企業文化の醸成などが考えられる。

実際に、シグマスタッフのような優良派遣事業者認定企業では、オフィスワークと医療・介護福祉分野の両方に対応し、スキルアップ支援や丁寧なカウンセリングを通じて派遣労働者のキャリア形成を積極的にサポートしている。

また、派遣労働者自身も、受け身の姿勢ではなく主体的にキャリアを設計する意識を持つことが求められる。

「選ばれる派遣」への転換は可能か?

将来的には、派遣が「やむを得ない選択」ではなく「魅力的な働き方の選択肢」となることが理想である。

そのためには、派遣労働者のスキルと経験を適正に評価し、相応の対価を支払う仕組みの構築が必要だ。

専門性の高い派遣労働者に対しては、正社員を上回る処遇を提供する企業も出てきている。

こうした動きが広がれば、派遣は単なるコスト削減手段から、真の意味での「戦略的人材活用」へと進化する可能性がある。

また、テレワークやフレックスタイムなど、多様な働き方が普及する中で、派遣という雇用形態の持つ柔軟性が新たな価値を持つ可能性もある。

重要なのは、企業の経済合理性と働く人々の人生の質の向上を両立させる制度設計である。

まとめ

経済合理性の追求は企業経営の基本原則であり、派遣という働き方がそのニーズに応える有効な手段であることは間違いない。

派遣労働者数約215万人という数字が示すように、この働き方は既に日本の労働市場の重要な一部となっている。

しかし、数字の背後には一人ひとりの人生がある。

田中さんや山田さんのような個別の事例が示すのは、制度と現実の間に存在する深い溝である。

企業にとっての「合理性」が、働く人々にとっての「不安定性」となってしまっている現実を直視する必要がある。

制度改正を重ねながらも、なお残る課題は多い。

同一労働同一賃金の理念は確立されたものの、その実現はまだ道半ばだ。

3年ルールによる雇用安定措置も、必ずしも派遣労働者の安心につながっていない。

重要なのは、経済効率性と人間の尊厳を両立させる新しい枠組みを構築することである。

派遣という働き方が、一人ひとりの人生の選択肢として機能するためには、制度面での改善だけでなく、企業文化や社会意識の変革も必要だろう。

私たちが目指すべきは、「届かない声」が確実に政策に反映される仕組みであり、制度と現場の乖離を埋める継続的な努力である。

派遣労働者が「代替可能な労働力」ではなく「かけがえのない個人」として扱われる社会の実現。

それが、真の意味での「あるべき派遣のかたち」なのではないだろうか。

Last Updated on 2025年5月22日 by kiyo80